KoikeTakayuki’s diary

プログラムとか、思ったこととか

自責と他責

自分のことを理解するためのメモ。

 

 

世の中には問題解決にあたって、二種類の人間がいるとされています。

 

・自責

 都合の悪いことに対して、自分に原因があると考えること

・他責

 都合の悪いことに対して、他人に原因があると考えること

 

 

一般的には自責のほうが良いとされています。

 

なぜなら、自責型の人間は他人が犯したミスや環境が原因で起こる問題に対しても主体的に取り組むので、様々な場面で問題を分析・解決し、成長することができるからです。

 

それに対して、他責型の人間は問題を自分にあると考えないので、学習する頻度が少ない。だから自責型の人より成長しないのだそうです。

 

 

 

 

自分は他責型だ、と言及されてこのように考えているわけです。

 

確かになぁ、直さないとなぁ、と感じる一方で

本当にそうなのか?と疑っている自分もいます。

叱ってくれることには感謝ですが、なんだか複雑なきもちなのです。

後は自分を他責型だ、と認めたくない感情もあるのでしょうが。

 

 

 

 

 

 

 

他責・自責は置いといて、主体的になったほうが

自分の想像する理想のプロセスをすぐに実行しようとするので、

人生を進める上で都合がいいのかもしれません。

 

例えば「部屋掃除しないとなぁ」と考えても、掃除しないことがよくあるのですが

主体的な姿勢を持つ人は、想像したことが行動に現れ、その結果部屋を掃除するでしょう。

 

 

 

言いたいのは

「客観的に見てこれは環境が悪い」と思うこと(他責)と「主体的に行動する」は別物です。自責にすることが美徳なのではなく、主体的に行動することが美徳なのです。

 

 

だから

「客観的に見てこれは環境が悪いけど、しょうがないから自分でやれることをやろう」

という感情を持ってる人は、内心では他責だけども成長があるように思います。

 

すべての事象を自責として受け止めるのは無理があるように思います。

特に客観的事実に照らし合わせて自責でないものを自責として捉えるのは

ほとんど生産があるように思えません。やっぱり悪いやつは悪いんです。

 

ただ、そこで主体的な行動が止まってしまうことこそ、本当の悪なのです。

 

 

 

 

 

まぁなんにせよ、人や環境のせいにした結果主体性が損なわれて

損することも多いのでうだうだ言わずに実践して自責人間に寄せていきたいと思います。

 

おわり。